発達障害を持っていても大丈夫!

発達障害児の親が元気の出る話 シリーズ①

どんな子も最高の人生を送れるだけのリソースをもって生まれてくる

子どもが重い発達障害を持って生まれてくると、たいがいの親が一度は絶望します。

◆1 絶望から希望へー障害を持って生まれた、辻井伸行さんの母いつ子さんの事例ー

たとえば、世界的なピアニストの辻井伸行さんの母、いつ子さんも、「小眼球症」という障害を持って産まれたわが子を前に絶望していました。

「そこで、告げられたのが「上眼球上」という目の病名。
この子は生まれつき目が見えないという宣告でした。
専門の眼科医から真実を知らされたのは、間もなくのことでした。悪い予感は的中していました「やはり……」と思った瞬間、深い谷底にどーんと突き落とされたような激しい衝撃に襲われました。
「夢なら覚めてほしい。誰か、この先生が言っていることが嘘だと言って。どうしてこんなに可愛い赤ちゃんが、こんなに過酷な運命を背負わなくてはならないの……」
心の中で何度、そう思ったことでしょう。
毎日、伸行の目を見ては泣いていました。真っ青な空や美しい草花を眺めるだけで、「あー、この子は、一生、この光景を見ることができないのだな」と感情が高まり、ワーッと涙が溢れてきます。そういう状態が長く続きました。(別冊致知『母』95p.より)

幸い「全盲でありながら、盲導犬を連れて福祉に関する講演活動をしたり、美術館や歌舞伎に行ったりアクティブな人生を満喫する福澤美和」さんとの出会いから、「全盲でもなんだってできるじゃないか」「この子が生まれてよかったのか疑問に感じたのは、自分が間違いだったのではないか」と思いました。そうして、母いつ子さんは、前向きに生きられるようになったのでした。

重い発達障害を持っているにも関わらず前向きに生きている、直近の有名な事例では、新潟県阿賀野市京ヶ瀬中学校3年生の山田美幸さん(14歳)が東京パラリンピックで銀メダルを取ったことがありますね。

・山田美幸さん、競泳女子100m背泳ぎ、銀メダル 2021年8月25日

・山田美幸さん、競泳女子50m背泳ぎ、銀メダル 2021年9月2日(2個目の銀メダル)

障害者のことをチャレンジドと呼ぶことがありますが、こうした事例を知ると、本当にそう思います。

山田美幸さんに先立つこと約40年。
1968年、「両手がない。片足は普通だが、もう片足は半分しかない。」状態で生まれたレーナ・マリア。
以下の文章で、発達障害を持って生まれても、十分に幸せに生きていける可能性があることを、汲み取っていただければ嬉しいです。

◆2 子育てにかける願い(期待)と悩みは表裏一体

「這えば立て立てば歩めの親心」
子どもにかける願い(期待)は、際限がありません。

・健康に生まれてほしい。
・病気やけががないようにしてほしい。
・自分のことは自分でできるようになってほしい。
・人に役立つ人になってほしい。

・よい友達ができてほしい。
・スポーツにも、勉強にもがんばってほしい。
・よい高校そして大学に入学してほしい。
・よい仕事についてほしい。

・よい結婚相手を見つけてほしい。
・幸せな家庭生活を築いてほしい……。

親は、わが子に際限のない願い(期待)かけていきます。

こうした願いが子どもの成長を促す原動力にもなっています。親は、願いが実現するように具体的に働きかけ、子どもも親の願いに応えようとするでしょうから。

しかし、こうした親の願い(期待)通りに子育ては必ずしも進まないのが、悩みのタネにもなるわけです。

・なかなか「自分で着替えられない」
・「自分で食べられない」…

・「友達とうまくいかない」、
・「勉強ができない」…

・「なかなかよい就職先が見つからない」…

と、子育ての悩みはつきません。

◆3 もしわが子が重度の障害をもって生まれてきたら……!?

わが子の誕生ーその子育てのスタートーにおいて、もしわが子が重度の障害をもって生まれてきたらどうしますか?!
たとえば、「両手がない。片足は普通だが、もう片足は半分しかない。」というような重度の障害です。
(少し想像してみてください。)

おそらくは、先にあげた親の願い(期待)がとても叶いそうにないと想像するでしょう。

・「片足では自分で立って歩けるようになるのはむずかしい」
・「両手がないのだから自分 で着替えたり食べたりすることがむずかしい」…

・「人の役に立つどころか、一生に人のお世話になって生きることになるのではないか」
・「よい友達ができるどころか、いじめられるのではないだろうか」…

・「よい高校、大学どころか、通常の小中学校はむずかしいのではないか。そもそも入れる幼稚園はないのではないか。」

・「仕事も結婚も夢のまた夢…」
・「ああ、生きている間は、ずっと親の私が世話をしなくてはいけない!? お先真っ暗……」
・「あまりの重圧感に夜も眠れない……」

普通の親なら子育ての希望を失い、がっくりと落ちこんでしまうのではないでしょうか。

◆4 重度の障害をもって生まれたレーナ・マリア

実は、そんな状態で生まれた女の子がいるのです。「レーナ・マリア」といいます。
1968年、レーナは「両手がない。片足は普通だが、もう片足は半分しかない。」状態で生まれました。
あまりの障害に医者は、赤ちゃんを身体障害児のための機能訓練病院にあずけることを両親に勧めました。

それに対して、両親は「この子に一番必要なのは家庭」だと判断し、家で育てます。つまり、親としての責任を引き受ける覚悟をしたのです。そして、お互い助け合いながらレーナを育てました。
レーナの自伝によれば、
「私に何ができるかに関係なく、ありのままの私を愛してくれた。これが私に自信と安心感を与えてくれた」
(『レーナ・マリア フット・ノート』40pより)とあります。
コップの水を一人で飲めるようになること一つでも大変な努力を要したレーナでしたが、やがて健全な片足と義足を使って歩けるようにもなります。着替えはフック付きの棒を使って一人でできるようになりました。両親は、レーナを障害者だからといって過保護にすることなく、ちょっと危険だからといってレーナの興味や練習を中断させることなく、黙って見守ることを基本としていました。周囲の人たちにも「レーナにはできるだけ自分のことは自分でさせて、本当に必要なとき以外は助けないでください」と念を押していたくらいです。

福祉の充実しているスウェーデンでは、保育園に通っていたときから大人の介護アシスタントがついて支えてもらうことができました。

通常の小・中学校に入学し、「一本足」とはやし立てられるといういじめも受けました が、レーナ・マリアの明るい性格も幸いして克服できました。障害があり身近な友達のサ ポートが必要なレーナは、いつも同じ友達ばかりに負担をかけるわけにはいかないので、 だれとでも仲よくつきあうように心がけていました。実際多くの友達が支えてくれました。

機能訓練のための水泳を習わせる際には、母親のアンナは、どう考えても「レーナを水 着姿にして人目にさらすのは、かわいそう」に思いました。ちっとも気にかけなかったレ ーナに安堵したアンナは、水泳のある日をお菓子の日にして、疲れたあとに楽しみが待っ ているという工夫をしながら送迎を続けました。そして、十八歳の時には身体障害者世界 水泳選手権大会で、レーナは背泳と自由形で金メダルをとることになるのです。しかも、 水泳選手として様々な土地を訪れ、多くの人に出会うことができました。

歌と音楽は、生まれて時から生活の一部だったというレーナは、高校では音楽コースを選び、さらにストックホルム音楽大学に合格することもできました。学生寮に入り、掃除・アイロンかけ・洗濯・食事・皿洗いといった家事を自分でしました。

大学時代には、声楽のエリクソン先生からの勧めでコンサートに出演し、その縁で1万クローネの奨学金を得ることもできました。これをきっかけに、新聞社が記事を掲載し、さらにドキュメンタリー番組の製作・放映からスウェーデンのシルヴィア王妃との面会へと発展していきます。そして、大学卒業後は、世界各地でコンサートを開いたり、CD アルバムをリリースしたりするなど、本格的な音楽活動を展開することになったのです。そこにいたるまでには、本人の努力もさることながら、さまざまな音楽教師や友人、教会関係者などの支えがありました。

そして、レーナは、大学の合唱団で出会った男性に求婚され、それを受けました。

私が一番驚いたのは、レーナが自動車免許をとり、実際に公道を運転していたことです。
スウェーデンではでは、障害者が運転免許をとる場合、その費用も、必要な自動車の改造費用も、すべて国が負担してくれるので、全くの無料ということだったのです。

このように、レーナの伝記や自伝を読むと、冒頭にかかげた親の願いは、誕生時の「健康に生まれてほしい」という願いを除いて、ほとんど叶ったといえるでしょう。ストックホルム音楽大学合格、背泳と自由形で金メダル獲得、本格的な音楽活動の展開などを考えれば、当初の想定をはるかに上回って叶ったといってもいいでしょう。

◆5 人は必要なリソースをすべてもって生まれている

私が学んできた NLP *にはいくつか基本前提があり、その一つに次の前提があります。

■「People already have the resources they need for Execellent Lives.」
NLP の基本前提「人は、最高の人生を送るために必要なリソースを、すでにもっている」
言い換えれば、「人は最高の人生を送るために必要なリソースをすべてもって生まれている」ということです。

ちなみに、ここでいう「リソース」とは、最高の人生を送るために「支えるもの」とか 「役に立つもの」という意味合いで、自分自身の心身、意欲や性格、様々な体験、親をはじめ教師・友達などの人脈、物、金などあらゆるものがリソースたり得ます。

レーナ・マリアのこれまでの人生をみていくとき、この基本前提はまさしく真実だと思うのです。

○ コップで水を飲むことから歩くこと、服を着ること、掃除・アイロンかけ・洗濯・食 事・皿洗いといった家事、果ては車の運転までできるようになったこと

○ 機能訓練になるという理由から始めた水泳で、身体障害者世界水泳選手権大会の背泳と自由形で金メダルをとったこと。

○ 「自分の声がものになるなんて信じた人は、はじめは誰もいなかったと思うし、自分だってそんなことは特に考えてみたこともなかった」というレーナが、世界各地でコンサートを開いたり CD アルバムをリリースしたりするなど、本格的な音楽活動を展開するようになったこと……。

そして、そこには、両親をはじめたくさんの周囲の人による支えーリソースーがあったことがわかります。

○親としての責任を引き受け、無条件の愛をもって見守ることを基本としながらも、必要なサポートは惜しまない両親

○水泳や音楽を教えてその才能を伸ばしてくれた教師達
○励まし支えてくれた友達
○スウェーデン国家の充実した福祉政策……。
○そして、何にでも興味をもってよく努力するレーナ自身の性格。歌う才能……。

読者のみなさんのおかれている状況は、一人一人違うでしょう。
夫から DV を受けて離婚、母子で生活。その子も DV のために発達障害をもってしまっているというような状況の中で四苦八苦している人もおられるかもしれません。

それでも、NLP のこの基本前提によれば、「人は最高の人生を送るために生まれてきている」のであり、「人は、最高の人生を送るために必要なリソースを、すでにもっている」のです。

そのリソースは、本人のもって生まれた性格、才能そして親ばかりではないのです。リソースには、かかわっている(く)教師達・介護アシスタント・友達・福祉政策 etc.たくさんあるのです。

そして、私たち親は、本人が最高の人生を送るために、そのすでにもっているリソースを見つけ出し活用できるように精一杯サポートすることなのです。

◆6 最後に

実は、◆2から5の文章は、拙著『うちの子、どうして言うこと聞かないの!と思ったら読む本』の最後【 おわりに! 父母のみなさまへ 】の文章のはずでした。急遽、編集者から、自らの実践で書き直してほしいと言われたので、別の文章と差し替えました。

さて、

◉発達障害を持った子どもにとって、最高のリソースの一つが「親」です。
その親が、発達障害の特徴を理解して適切な対応をする「家庭教育」を提供できたらどうでしょう。
子どもは、大きくその可能性を開くに違いありません。

オンライン親の学校で提供する、発達障害児のための子育てプログラム

①子育て「凸凹コース」

②子育て「元気アップコース」

③子育て「自由自在コース」

の各子育てコース(有料)を受けてみませんか。

まずは、

3ステップ無料プログラム

からスタート

興味のある方は、コメント欄にコメントください。

1 COMMENT

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です